MMAは難しい!?武道のクロス・トレーニングで苦労をしないコツ

武術・技術

武道を習うときに、あれもやりたい、これもやってみたい、と思ったことはありませんか?

昔は剣道なら剣道をやる、柔道なら柔道をやる、というのが当たり前で、剣道と柔道を両方やっている人というのは聞いたことがありませんでした。

ですが今ではそういった枠はゆるくなってきていて、国外の武道もふくめて種類も増えてきて、色々なものを学ぶことができます。私は国内外で複数の武道を学んで本当に楽しい経験と、同時に色々学んだからこその苦労も経験しました。

本記事では、私の経験をもとに、クロス・トレーニングに対する周囲の反応に加えて、日本武道の後に中国武道を学んだ時の苦労、カンフーとムエタイを同時に学んだときの苦労という、先生も知らない私のトレーニング秘話についてご紹介し、そして最後には、クロス・トレーニングで苦労しないためのコツまでお伝えしたいと思います。

それではまずは、クロス・トレーニングという言葉から見ていきましょう!

フワフワして可愛い獅子舞の頭。中国庭園でのカンフースクールのパフォーマンスの時の写真です。

クロス・トレーニングとは

クロス・トレーニングという言葉は何を意味するでしょうか? この言葉が日本でどのくらい使われているのかわからないのですが、私は海外で初めてこの言葉を聞きました。

クロス・トレーニングとは、種類の違うトレーニングを複数同時期に行うことを言います。武道で言うと、例えば、柔道を習っている人が同時にキックボクシング・ジムにも通うこともクロス・トレーニングです。

武道の世界では近年、MMA(Mixed Martial Arts、総合格闘技)が若い世代から支持されていますよね。MMAではキックボクシング、ムエタイ、柔術、柔道、カンフーなど、様々な武道の要素を取り入れています。MMAのジムに行くと、色んな武道の要素を一つの場所で学ぶことができてます。MMAも一種のクロス・トレーニングと言えるでしょう。

私が子供の頃は、MMAという言葉さえ聞いたことがなかったのですが、最近はMMAの影響で、いろんな武道を総合的に学ぼうとするクロス・トレーナーが増えてきました。(クロス・トレーナーというのは、トレーニングをする人、トレーニングを受ける方の人のことを指しています。トレーニングを教える人の事ではありませんので、以下注意をして読んでくださいね。)

国境を越えて教えている先生から様々な武道を身近に学ぶことができる現代は本当にいい時代。

ですが、実は、この一見カッコよくて魅力的なクロス・トレーナーは、どこでも人気者というわけではなく、意外に苦労するものなのです。

MMAとクロストレーナーが嫌われる理由

クロス・トレーナーが苦労する理由の一つが、伝統武道とMMAの間に存在する見えない壁。伝統的な武道は10年単位の時間をかけて基本を構築し、人生の長さをかけて人間性の高みを目指す「芸術アート、ライフ・ワーク」。それに対してMMAは、いかに速く相手を打ちのめすことができるかというところを目指す、実戦的な「格闘技」です。

私はどちらも素晴らしい学びだと思うのですが、伝統武道の観点からすると、即席でつまみ食い的なMMAは邪道。MMAの観点からすると、伝統武道は制限だらけで実戦に役立たず時間の無駄、というお互いに対する批判があるように思えます。

私が伝統武道の道場で耳にしたクロス・トレーニングという言葉も、どちらかというとネガティブなイメージで使われていました。

クロス・トレーニングに対する先輩の反応

私が初めてクロス・トレーニングという言葉を聞いたのは、200年以上の歴史のある伝統武道(カンフー)の道場でのことです。当時、私がムエタイも同時に習っていることはごく親しい友人を除いて、特に周りの人に言っていませんでした。

私はその頃、同時に通っていたムエタイ・ジムのメンバーシップカードを、取り出しやすいようにカバンに付いている透明のカードケースに入れていました。あまり目立つものでもなかったのですが、ある日たまたまアシスタント・トレーナーの先輩に見られて「クロス・トレーニングしてるのか?裏切り者ー!」と冗談半分に野次られました。そこで私は、「あら、誰かが見ているとは思わなかった。よく思わない人もいるんだ。」と思って、カードを見えるところに入れるのをやめました。

また、しばらくたったある日。先程と同じ先輩に道場で会ったとき、「ムエタイの調子はどうだー?裏切り者ー!」と意地悪くみんなの前で冗談を言うので、そこに居た年若い先生の一人が、「僕はクロス・トレーニングには反対じゃないよ。勉強になるよね。」とフォローしてくれました。(優しい…♡)

こんな風にちょっと皮肉なジョークにされるくらい、クロス・トレーニングは基本的に伝統武道ではタブー視されていて、周囲の目で苦労するところがあるんです。

クロス・トレーニングに対する先生の意見

また別のある時、ムエタイのキックでできたスネの大アザ(初心者のスネはやわらかいので、かなりエグい見た目になります)を見た先生に、「どのクラスでできたんだ?!」と聞かれて、「実はムエタイを…」という暴露をせざるを得なくなったことがありました。

初心者がクロス・トレーニングしていると豪語すると印象が悪いと思って、当時メインで教えてくれていたこの先生には特に言っていなかったのですが、それを知った先生はクロス・トレーニングをすること自体よりも、それを知らせなかったことことの方が問題だと思ったようでしたが、こんな風に意見を言ってくれました。

「僕も昔は柔道をやっていたこともあったし、武道はお互いを尊敬し合うべきものだと思う。他の武道の悪口を言うようなやつらはダメだ。だけど、色々学んでも、最終的には一つを選ばないといけないと思う。そして、言っておくけど、僕らの武道には他のものをやる必要が全くないくらいの学びがあるんだよ。」

というのが、20年以上一つの伝統武道を学び、教えてきた先生の意見。他の上位の先生方の経歴を聞いても、ほとんどの人が他の武道を経験してはいるものの、フルタイムで仕事をして家族を養いながらも内弟子として献身的に活動をしているので、他の武道に時間を割く気など全くないようです。

始めのうちは色々興味が出ても、最後はどこかに落ち着くのかなぁ?私が学んでいる伝統武道が奥深く、包括的で素晴らしいことは承知しています。ですが、私はスタイルに関わらず、武道自体が大好き。それに、色んな武道を学ぶほど、ちがった視点が体験できて、色んな人に出会えて、本当に楽しい。多少の苦労があったとしても色んな角度からモノを見たがる私は、生まれつきのクロス・トレーナーなのかも知れません!

チームや仲間を大切にできないMMA風来坊

ですが、やはり献身的な伝統武道の先生の立場からすると、クロス・トレーニングをする人たちのあちこち道場を渡り歩くやり方は邪道だと思えても仕方がないのかもしれないですね。

邪道というのは単なる偏見だ!という意見もあるかもしれませんが、残念ながらクロス・トレーナーが過ちを犯して道場に居られなくなったという話は実際に時々出てくるのです。

ある時、あのブルース・リーが学んでいたことでも有名なカンフーの流派である詠春拳を習っていた人が初めてBJJ(ブラジリアン柔術)の道場に来たことがありました。クラスの最後に先生とスパーリング(練習試合)をするとき、その人がいきなり先生の目を突こうとして(ルール違反)、とっさにかわした先生に腕を締め上げられてしまい、グウの音も出なかったということがありました。

BJJのルールを理解していない初心者であるのにも関わらず、別の武道のスキルを見せつけようとし、相手に怪我をさせる可能性のある行動をとったことは、道場での敬意ある行動とは言えません。結局先生に負かされて大恥をかいたその人は、二度と道場に戻ってきませんでした。

また別の時、同じ道場での話。MMAをやっている人がBJJの道場に来て、スパーリングに参加しました。

BJJでは絞め技や関節技をかけられたとき、怪我になる前に相手の身体を軽く叩いて限界であることを伝え、それを知った相手はすぐに技を解くことがルールになっています。この相手の身体を軽く叩くことをタップといいます。

そこそこ強かったこの人は、次々とスパーリングの相手をタップさせていったのですが、問題は彼が強かったことではなく、相手がタップしているのに技を解かずに苦しめたり怪我をさせていたことでした。

BJJの試合では、相手をタップさせると無条件で勝利することになります。なので相手を苦しめる必要は全くないのにも関わらずそうしていたこの人は、明らかに自分の力を感じたいがためにルールを意図的に破っていたのだと思われます。どれほど強かろうと、こうした人は道場で嫌われて(最終的には先生にコテンパンにされて笑)居場所がなくなります。

こんな話を挙げるときりがないのですが、クロス・トレーナーが嫌われるのは単なる偏見ではなく、実際に問題を起こす人が後を絶たないからなんです。

クロス・トレーニングは色々な武道を学ぶことができてとても魅力的ですが、場合によってクロス・トレーナーはこんな風に嫌われてしまうことがあります。

その理由として、クロス・トレーニング自体が忠誠心を尊ぶ伝統武道の価値観に反すると受け取られる場合があるということ、自分が強くなることを優先して仲間やチームを大切にすることを忘れてしまって、嫌われて居場所がなくなるということがあります。

最近、日本人でMMAをやる人のこういった「残念な話」を耳にすることが多いです。海外で中年以上の世代には今だに「サムライ」としての尊敬を集めている日本人が(私は何故か偉い先生に「ニンジャ」と呼ばれていますが笑)、実物の行動をみてガッカリされてしまうことほど「残念」なことはありません。海外で武道をする人にはこの辺りのことを注意した上で無駄な苦労をせずに楽しんでほしいですね!(特に若い人たち!)

日本の武道の後に中国の武道を学んだことによる苦労!

はじめにクロス・トレーニングは「同時期に複数のトレーニングを行うこと」だと言いましたが、人生の中で、複数の武道を学ぶこともある種のクロス・トレーニングと言えると思います。私は日本の武道を学んだ後に中国の武道を学び、そこで独特の苦労を経験したので、クロス・トレーニングの苦労話の一つとしてシェアします。

日本で身につけた身体文化

私が海外に来てカンフーを学び始める前、日本では抜刀術、茶道、能楽などの武道、芸道を経験しました。スポーツは苦手で、純粋に日本製の身体芸能ばかり学んでいたので、純和風の身体の使い方を刷り込まれていました。

例えば、竹刀や日本刀を握る時の手は、小指に力を入れ、ほとんど薬指と小指だけで握り、残りの三指は自由にしておきます。抹茶茶碗を持つ手も、茶碗の底を小指と薬指が支えます。普段、お茶を飲む時に小指が立っていると指摘されたり笑われたりするのは、小指に力が入っていないと支える力が安定していないため茶碗を落とす可能性があるからです。

私が学んでいた抜刀術では、足の親指に力を入れて立ち、足の親指から力を起こすように教えられました。仕舞という能の舞いの稽古では、きつめの足袋を履いてわざと足の親指に力が入るようにしておいた上で、足の親指の力を抜かずに歩を進めるすり足を練習します。

また、抜刀術の呼吸では、歯を見せてはいけない、と言われ、呼吸は必ず鼻で吸って口から吐き、気が漏れないように口は必ず結んでおくように言われていました。能の謡(うたい)でも、あれほど大きく響き渡る声であるにもかかわらず、発声のときにはほとんど口を開けず、腹から響かせるように音を出します。

こんな風に、日本の武芸には身体や呼吸の使い方に共通性があって、それが日本の身体文化を形作る大きな土台になっているのです。

カンフーの基本が辛い、できない。

こうして日本の身体文化の土台を刷り込んだ身体をもって海外にやってきた私は、興味の赴くままに中国伝統のカンフー道場に足を踏み入れました。

武道の経験がある!という少しばかりの自負とともに初心の稽古を始めた頃は、初めて聞く広東語の武術用語や、日本で耳にしたことのある八卦などの中国哲学の概念が応用された技などに出会って毎回の稽古が面白さの連続でした。

ところが、カンフーの基礎も一通り教わって初心の全体像が見渡せるようになってきた頃。初めてグレーディング(昇段試験)を受けようとして先生から型やテクニックの詳細を見られるようになった時に、やたらに注意されたり直されたりするところが出てきました。

その一つが、足の構えです。私の学んでいた抜刀術では基本の足の構えが両足を45度に開いた状態。それに対して新たに学び始めたカンフーの基本は両足を並行にして足先を正面に向けます。並行を意識していても、気がつくと私は無意識に足先を45度に開いてしまっていたようで、先生から「変な足の構えをしている」と指摘されます。

また、日本の武道には含み気合と言って、発声せずに口を閉じたまま強い力を出す呼吸があります。力を込めて行う技を行うときに、無意識に含み気合の呼吸をしていたところ、先生から「呼吸をしなさい!口をつぐまずに開けておくんだ!」と怒られます。

「口を開けることはだらしないこと」という刷り込みがあった私は、先生の指示に強い心理的な抵抗を感じて、言われてもその通りにすることができませんでした。

足の構えについても、角度が違うのは理解できるのですが、外側に向かって靴が転がるように変形している足を見て、大地に根を張るような四股踏みのような強い足という日本のイメージとのギャップを感じ、そのまま真似をすることに非常な抵抗を感じます。

こんな風に、初めてしばらく経って基本の姿勢が何かということが分かってきた頃から、言われたとおりの事ができないという苦労の壁にぶち当たってしまうようになりました。これはクロス・トレーニング特有の壁です。

1年も気づかなかった力線の違い

クロス・トレーニングによる、こうした心理的な抵抗は、稽古の数と時間を経るごとに新しいやり方を目にするのに慣れていき、感じることが少なくなっていきました。

しかし、型自体の正確さは中々体得することができず、言われた通りにしようとすればするほど変になり、無理が出て、姿勢が辛く痛く、意識がしきれず、直されまくるという状態から抜け出すことができませんでした。

ところが入門して一年ほど経ったある時、ホース・スタンスという脚の構えの稽古をしていたときにハタと気がついたことがありました。それは、カンフーは足の外側の力線を使っている、ということです。つまり、カンフーでは、足の小指側に力を入れてそこから脚の側面を通る力をおこさないといけない。

ところがそれまでの私は、稽古で足の角度を注意されてそれだけを直そうとしていたため、 足の親指から力を起こして脚の内側の力線を使って力を伝える日本武道の足つきを無意識に使って、カンフーのスタンスを稽古していたのです。

脚の内側の力線を使ってカンフーのスタンスをとろうとしていた頃。
無理をするので関節に負担がかって、辛いので低いスタンスをとることができませんでした。
脚の外側の力線を使うことに気づいた頃。
スタンスとるのが一気に楽になりました。

それ以来、私のスタンスは飛躍的に向上しました。これまで、「もっとスタンスを低く!」「もっと膝を開け!」と言われてもできなかったのが、楽により低いスタンスで膝を開くことができるようになりました。

もっとも、私が一生懸命やろうとしていた方法では、力学上無理があってどれだけ頑張ってもできなかったので当たり前のことだったのですが、以前学んだことの無意識レベルの刷り込みが、新しいことを学ぶときの障害になっていることがあるために、ただ形を作るということだけでは解決できないことがあるということを知りました。

もしこれが初めてカンフーのスタンスを習った人など、クロス・トレーニングをする人でなかったら、スタンスを維持するための筋肉の鍛錬は必要かもしれませんが、こういった苦労をすることはなかっただろうと思います。

空手をやっていた人も苦労している!

こうした構えなどの刷り込みの苦労は、実は私だけではなく他の人も経験していることなんです。

カンフーの姉弟子である私の友人は、子供の頃に松濤館の空手を習っていました。空手の正面を向くスタンスや空手の蹴りなどカンフーと違っている部分を先生に注意されることがあって、「”Old habit(古い習慣)”はやっぱり出てきて苦労するよね~」と、今でもお互いによく共感し合っています。

日本と中国をまたいだ苦労から得られたもの

私が日本の武道を学んだ後に中国の武道を学んで苦労したことは、日本と中国の身体文化の大きな違いのせいで、新しい身体の使い方に心理的な抵抗が生じたことと、無意識レベルの身体の使い方と力線の違いに気づかなかったために、無理な稽古をし続けてしまったことでした。

ですが、苦労というのは天の賜物ギフトで、この経験のおかげで私は日本と中国の身体文化がどういったものなのか身をもって知ることができました。

面白いことに、 足の外側の力線に気がついて間もなく、私は足だけではなく、手の使い方もこの2つの文化は真逆なんだということに気がつきました。先程触れたように、日本では小指から力を起こして手を使います。それと対象的に、中国の武道では…そう、親指なのです!

私の学んでいるカンフーが少林寺に源流を持つこともあり、仏陀手(Buddha Palm)という手の形がよく使われます。片手だけで拝むような形にして、親指を曲げて力を入れることで他の指と掌全体を強くする拳です。私はこれを習ったときはどうしてこうするのかは分かっていなかったのですが、後に足の力線のことから考えて、手は親指から力を起こすのだということに合点しました。

ブルース・リーは自分のことを指す時に親指を使います。彼は戦いの構えのときも親指が立っていますよね。これはきっと、手の親指から力を起こす文化が、自然とさせてしまうんだろうと思うと、非常に納得ができました。

日本の武道は足の親指と手の小指から力を起こし、中国の武道は足の小指側と手の親指から力を起す。腰や背骨の使い方の違いにも表れてくるこうした作用力線は、中国医学では経絡としても捉えられています。経絡はエネルギーの通り道。 この対照的な力線は、 日本と中国という2つの文化の持つエネルギーの違いを表しています。

このエネルギーの違いにどういった意味があるのかということに、私は今だに興味津々で、これから武道を学んでいく上で、もっと面白いことが分かってくるかもしれないと思うとワクワクします。

いずれにしても、文化をまたいで武道をクロス・トレーニングするときには、文化特有のドレス・コードならぬ、ボディー・コードの違いがあることを知っておく必要があるでしょう。

初心者でムエタイとカンフーを同時に学んだ苦労

さて、武道のクロス・トレーニングの苦労に関してもう一つシェアを。今度は時間を同時期にする正真正銘のクロス・トレーニングで、私がムエタイとカンフーを同時に学んでいた時の体験をお伝えしたいと思います。

楽しすぎて両方やりたい欲張りなクロス・トレーナー

カンフーを初めて間もなくのこと。友人がムエタイを始めたのがきっかけで、私もムエタイジムに行き始めました。

若いタイ人の先生たちが教えていて、金ピカのタイの仏像が見守るエキゾチックな雰囲気の中、肘や膝まで使ったパワフルなムエタイのテクニックを全身全霊で練習するとても楽しいトレーニングです。(ニコニコして優し~いタイ人の先生が蹴りのデモンストレーションをし始めた途端に一瞬にして雰囲気が変わり、モノ凄く痛そうな音を立ててサンドバッグが「くの字」に折れ曲がるというようなギャップもたまらない魅力のひとつ笑。)

当時カンフーの道場でボクシングのクラスもとっていたのですが、あまりに楽しいので朝早く起きて日替わりで両方に参加していました。

カンフーとムエタイの身体の使い方の違い

はじめてしばらくは、ムエタイはこうするのね~、カンフーではこうなのね~というテクニックの指示にただ従ってその通りにして楽しんでいました。ですが、慣れてテクニックを覚えたと思った頃、身体が2つの武道のテクニックに混乱し始めました。

ムエタイの構えをすぐ忘れる…

武道の初心者はテクニックに意識が向きがちなのですが、盲点になるのが構え(スタンス)です。

私は偶然にも構えが正反対になる2つの武道を同時に学ぼうとしていました。ムエタイの構えは自分の正面を相手に向けますが、私の学んでいるカンフーの基本の構えは、自分の側面を相手の正面に向けます。そして、この基本の構えから、パンチやキックなどそれぞれのテクニックを繰り出していきます。私は初心者だったので当然、その違いの重要性には気づいていませんでした。

しばらくして、ムエタイの練習の時に、知っているはずのムエタイの構えを考えなしにすぐに取ることができなくなって苦労しました。足の位置をやたらと直されるようになってもどかしく感じるのです。

なぜだろうと思った時に、私はカンフーの基礎クラスを取っていてこの側面を相手に向ける構えのドリル稽古(数の稽古)をやっていて、クラスに出る数がムエタイよりも多かったために、私の身体は側面の構えを優位に覚え込んでいたんだと思い当たりました。

その時になって初めて、私はこの2つの武道の取る構えの違いをはっきりと認識しました。(クロス・トレーニングをすると、こうした2つの違った視点から武道を見ることができて面白いですね。)

カンフーのクラスで飛び出すムエタイ・キック!

ムエタイのクラスだけではなく、カンフーのクラスの蹴りの練習でも私の身体は混乱します。

蹴りの練習の時に、「サッカー蹴りをするんじゃない!」と蹴り方を度々注意され、一々立ち止まって考えながらでないと正しいフォームでの蹴りができなくて苦労しました。

カンフーとムエタイの回し蹴り(ラウンドハウス・キック)の見た目の大きな違いは、膝の使い方にあります。カンフーではまず膝を曲げて身体につくほど持ち上げてから回転して蹴りますが、ムエタイではサッカーのように膝を終始伸ばしたまま蹴ります。

カンフーのクラスの方が多いのにどうしてカンフーのキックを忘れるんだろうと思いましたが、ムエタイでは間髪入れずに次々と繰り出すファースト・キックを一回のレッスンで軽く100回くらいはやるので、数の稽古のせいでムエタイ・キックが優先的に私の無意識に刷り込まれたのだと思います。

マッスルメモリーが邪魔をする

こういった刷り込みによるクセのことを、私のカンフーの先生は「マッスル・メモリー(筋肉の記憶)」と呼んでいます。頭で考えなくても、筋肉が自動的に動いてくれる。これは便利な機能ですが、新しいことを始める時には逆に苦労と障害の種になってしまいます。

特に、同じカテゴリーのテクニックは脳のなかで取捨選択されて、数を多くやった方が優先して記憶されるようです。ムエタイのジムで「キック!」と言われてもカンフーの道場で「キック!」と言われても、私の身体は数を多くやったムエタイのキックを無意識に引っ張り出してきました。

初心者としてクロス・トレーニングする上で、おなじボクシングでありながらテクニック的に両極にあるムエタイとカンフーを習うのは最悪の相性であったとは思いますが、そのおかげで私はこの2つの武道の違いと、身体がどうやって動きを記憶していくのかを知ることができました。

クロストレーニングで苦労しないコツ

さて、これまで生粋のクロス・トレーナーである私がこれまで経験してきた苦労話をご紹介してきました。

ここで私が伝えたいことは、クロス・トレーニングをしてはいけないということではありません。むしろ、この学びの機会に溢れた素晴らしい時代に大きく羽を広げてノビノビと武道という芸術を楽しんで頂きたいです。そこで、枠や型をまたいで武道を学ぶ時につきものである苦労をを回避するためのコツをまとめてみました!

クロス・トレーナーへの偏見による苦労をしない

クロス・トレーニング自体を良く思わない人もいるということを知っておくことと、また、それを知った上で気にしないことが大切です。

自分が惹かれることは自分自身の投影。誰かがあなたを嫌いといったからってあなたであることをやめることはできませんよね。できることはただ、知っていて気にしないこと!

また、クロス・トレーニングをしていることを頑張って隠す必要はありません。私のようにどうせ何かのタイミングでばれるので(笑)。それがわかって問題になるのは、日頃の行いが悪い場合です。

道場や武道のトレーニングジムにはコミュニティがあって、それを支えている人たちの輪があります。武道は相手があって初めて学ぶことができるもの。クロス・トレーニングしていたとしても、行く先々のチームやコミュニティを大切にして仲間をつくるようにしましょう。道場での仲間づくりについてはこちらの記事にも書いていますので参考にしてみてくださいね。

定期的にトレーニングに出られなくても、一度でもお世話になった道場とは、ソーシャルメディアでフォローするなど繋がりを保っておくようにすると良いですよ。試合を見に行って応援するのもいいですし、ただ「いいね!」を押すだけでもサポートする気持ちが伝わります。

こうして人と場を大切にしている限り、クロス・トレーニングをすることで問題が起こるということはないでしょう。

前に習っていた武道の抵抗を回避する

武道の型は、「〇〇してはいけない」「〇〇でなくてはならない」という細かい決まりを心と身体に覚えさせることによって、その武道特有の形をつくっていきます。

クロス・トレーニングや新しい武道を習う時、前の武道の型との違いに対して心理的な抵抗が起こってくるのは、型をつくるときの刷り込みのせいで起こる、自然な反応です。抵抗を無理に抑えようとせず、受け入れることのできる部分から型を学んでいきましょう。時間が経って新しい型に見慣れてくると徐々に抵抗する心がなくなっていきます。

武道の型は容れ物であると言われます。力という水を入れるコップのようなものです。新しい武道を始めると、新しい型というコップを自分の身体の中につくります。 そして作用力線というストローを使って力、つまり水を吸い上げます。

武道の初心者はコップにストローを入れても、赤ちゃんのように、どうやって水を吸い上げたらいいのかを知りません。クロス・トレーナーは、水の吸い方は分かっているのに、新しいコップを用意しておきながら、古いコップにストローを突っ込んで水を吸おうとして苦労します。

型を覚えて稽古してもうまくできない場合は、新しい武道ではどこを起点にして、どう力が伝わっていくのかという力線を考えてみて、足の位置などの見た目の形だけではなく、以前学んでいた武道の力線をクセで使ってしまっていないかチェックしましょう。

クロス・トレーニングによる脳の混乱を少なくする

構えやテクニックの基本が異なる武道を同時に学ぶときは、脳が混乱して苦労しないように練習の比重を調整するのがオススメです。

数をこなすと、脳の中に動きの神経回路ができて無意識で反射的に動きが出るようになります。二種類の動き方を覚えた場合、数を多くやった方が優位に反射として出てきます。

どちらも同じ比重だと、脳が混乱してどちらもできないということになるので、クロス・トレーニングする時は、できれば2つの武道のどちらかをメインにすることを決めて、メインの方の練習量を意図的に多くすると良いでしょう。

うまくできない状況を気楽にとらえる

トレーニングの比重を調整すると、メインの武道は数をこなして身体に覚えさせることができても、サブの方は考えないと身体が動かなくて苦労することになります。他にも、以前学んでいた武道のクセなども含めて、身体が思う通りに動かなくて苦労することはよくあります。

そういった「できない」状況にぶち当たった時には、怒りやフラストレーションや無価値感などの感情を感じて辛いものです。私もこういった感情をよく味わいました。

ですが、武道を続けているうちに、「できない」「やれない」状況にあっても、脳はその状況から得た情報を休むことなく処理し続けていることがわかりました。あるとき突然、ポン、と答えを出してきて、「なんだ、そういうことだったのか!」と腑に落ちるからです。

私は「できない」ことにフォーカスして頑張って練習しているほどできるようにならず、そんなことは忘れてしまって他の部分を楽しんでやっているうちにひらめきが来て何故かできるようになってしまったということが多いように思います。(クロス・トレーニングから得られるひらめきも、たくさんあります!)

また、東洋の武道はへその下にある下丹田を鍛えることでエネルギーをつくり出すことを目的にしていますが、怒ったり自分を責めたりすると、下丹田で作ったエネルギーが感情に変わって胸にある中丹田から出ていって消えてしまうそうです。

なので、時折出会う「できない」状況は気楽にとらえて、腑に落ちる瞬間が来るのを気長に待ちつつ稽古を楽しみましょう!

苦労ゼロのクロス・トレーニング

もし細かいことを考えるのが面倒、苦労はしたくない!ということであれば、立ち技系と寝技系の武道のコンビネーションにするか、足の構えが同じか近い武道を選ぶことをオススメします。

立ち技と寝技は身体の違う部分を使うので、混乱することはありません。足の使い方が混乱の大きな要素になるので、構えが近いと大分楽だと思います。クロス・トレーニングをするときは、こうした武道の相性も考慮してしてみてくださいね。

まとめ 

それではまとめです!

クロストレーニングで色々な武道を学ぶのは楽しくて、経験の幅が広がってとてもいいものだけれど、注意が必要なことがあるということが分かっていただけたと思います。

本記事でご紹介した、クロストレーニングで出会う苦労を回避するコツをまとめると下のようになります。

  • クロス・トレーナ-が嫌われる理由を知っておき、複数の場所を利用する場合もそれぞれのチームと仲間を大切にしてコミュニティとの繫がりを保つ
  • 前の武道の刷り込みによる心理的な抵抗は押さえず、自然になくなるまで待つ
  • 新しい武道の型の形を真似るだけでなく、力線についても理に適っているかチェックする
  • 脳が混乱するのを避けるために、2つの武道を学ぶ時はメインとサブに位置づけをして練習量の比重を調整する
  • 「できない」状況をあえて気楽にとらえ、腑に落ちる瞬間を待つ
  • おすすめは、立ち技・寝技を合わせるか、構えの似た武道を選ぶこと

道場では人を大切にして、稽古では無理がなく自分にやさしい選択をしていくことで苦労は避けていくことができるでしょう。

記事中で、ムエタイとカンフーの構えとテクニックが両極にあって初心者が同時に学ぶには相性が悪いと言いましたが、これに関して少し面白い話があります。

この2つの武道を同時に学ぶことで、両者の違いに混乱して苦しんだ私ですが、カンフーのより高度なトレーニングに参加していったところ、基本の構えは側面を向くのですが、最終的にはムエタイで使う正面を向く構えも、カンフーボクシングの一部に含まれていることがわかりました。

先生から聞いたところでは、その昔このカンフーを創ったマスター達が、古今の武術を少林寺の教えに融合していき、その当時の世界を渡り歩いて何と広東省からタイにまで足を伸ばしてムエタイのエッセンスも取り入れたそうなのです。

こうして考えてみると、武道の歴史はクロス・トレーニングそのものではありませんか!わーお。色んなものを学んで吸収したい、という気持ちは武道をやる人にとっては自然の欲求なのかも知れませんね。

一般的に、「一つのことをきっちりやる」ということが正しく立派なことだと認識されていて、クロス・トレーニングのように複数のことを同時にやることに対して、「あれこれかじって何もモノにならない」という批判されることがあります。

私がクロス・トレーニングをするのはそれが自分にとってとても自然で、惹かれるからです。私の中で種類に分け隔てはなく、武道そのものが素晴らしいと思っています。

もし色々やりたいけれど、モノにならないのでは?と自分をとがめる気持ちがあるのなら、やりたい気持ちを大切にして、ぜひチャレンジしてください。

ここに書いたコツを知っておけば、不必要な苦労をすることなく、新な武道の魅力に出会えるはずですよ!

コメント

タイトルとURLをコピーしました